アメリカのオハイオ州で5月7日、誘拐されていた3人の女性が
10年ぶりに救出される事件が明るみに出た。近所の通報がきっかけとなった。
最近は、近所や親類でも、波風を恐れるあまり、大人が言うべきことを
言わなくなってきた。もし仮に10年前、誰かが、間(ま)の悪さや、
バツの悪さを恐れずに、踏み込んだ対応をしていれば、
この3人の貴重な10年は失われずに済んだのかもしれない。
昨年末、産婦人科の先生方との懇親会の席で、最近の不妊外来のことが話題になった。
不妊外来を受診するのだから、よほど子供が欲しいか、子供好きなのだろうと思いきや、
そうではなく、その後の調査で、少なくない数の新生児が数年後には施設入りしていた。
原因は虐待の一種、ニグレクト(無視・育児放棄)だ。
わたしにも心当たりがあった。不妊外来を受診する女性が、うつ症状を訴えて来院する
ことがあるが、そのなかで 「子供が欲しい」とは言わず、
「40歳までに産みたい」 と強く述べるかたがいる。
後者の言葉には、子供に対する愛情よりも、自身の目的意識が強くあらわれる。
そしてこの手の夫婦は、夫もどこか変わっており、夫婦間にも溝がうかがえる。
時には、どちらかがアスペルガー症を示していることもある。
夫婦の病状からして、この母親では子供を愛せないことが自然と伝わってくる。
産科との懇親会では、「誰が」 この「母親」と 「夫」に、言いにくいことを伝えるかが
話題となった。 この役は一部の産科の先生がかっているが、私にも使命があろう。
「言いにくい事を言う」「間の悪さやバツの悪さを恐れない」こと、いわゆる、
汚れ役ができることは、わたしたち大人の役割ともいえる。